ポケモンリーグの頂点。夕日に染まるバトルフィールドを、リーフは静かに見下ろしていた。隣には、同じく夕日を眺める相棒、フラムの巨大な影が寄り添っている。その首筋を優しく撫でると、フラムは心地よさそうに喉を鳴らした。
「……ねえ、フラム。覚えてる?私たちが、全然ダメダメだった頃のこと」
その言葉に、フラムが不思議そうに顔を向ける。リーフは苦笑いを浮かべ、遠い昔の記憶に意識を飛ばした。
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あの頃、フラムはまだリザードに進化したばかりで、リーフもただの生意気な駆け出しトレーナーだった。クチバシティのはずれ、潮風が吹き抜けるバトルフィールドで、彼らは連敗を重ねていた。
「だから!『ひのこ』だって言ってるでしょ!」
リーフの焦った声が響く。だが、フラムは指示とは違う『きりさく』を繰り出し、相手のラッタに簡単にかわされてしまう。反撃の『ひっさつまえば』がフラムの肩に食い込み、鈍い音が響いた。
「フラム!」
悲鳴に近い声を上げたが、もう遅い。フラムはうずくまり、戦闘不能を告げられた。また、負けた。これで何度目かも分からない。
「なんで、言う通りに動いてくれないの……!」
治療を終えたフラムに、リーフは思わずきつい言葉をぶつけてしまう。フラムはバツが悪そうに顔をそむけた。お互いに、どうしていいか分からない。そんな気まずい沈黙を破ったのは、先ほどまで戦っていた相手のトレーナーだった。彼は、リーフの隣に立つと、ただ一言だけ告げた。
「あんたたち、お互いのこと、ちゃんと見てるか?」
それだけ言うと、彼は去っていった。
核心を突く言葉に、リーフは頭を殴られたような衝撃を受けた。
自分はフラムを見ていただろうか?指示を叫ぶだけで、フラムの表情を、呼吸を、その小さなためらいを見ていただろうか?
リーフは、初めてまっすぐにフラムと向き合った。フラムの瞳の奥に、勝利への焦りではなく、「どうすればきみの力になれる?」という純粋な問いかけが見えた気がした。
「……ごめんね、フラム。私、あなたのこと、全然見てなかった」
その日、リーフはバトルをやめた。ただひたすら、フラムと共に時間を過ごした。一緒に木の実を食べ、同じ景色を眺め、言葉ではなく、心で話すことを試みた。
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夕日が完全に沈み、一番星が空に瞬く。
リーフはフラムの大きな体に寄りかかり、静かにつぶやいた。
「あの人がいなかったら、私たちは今、ここにいないかもしれないね」
フラムは答える代わりに、その大きな翼で、優しくリーフの体を包み込んだ。言葉はなくても、彼らの間には、誰にも負けない確かな対話が、そこにはあった。