ポケモンリーグのチャンピオンになって数ヶ月。リーフは、バトルよりもメディア対応に頭を悩ませていた。今日もまた、テレビ局のスタジオで、笑顔を引きつらせながらカメラのフラッシュを浴びている。
「チャンピオン、今の心境は?」
「今後の目標は?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、用意された模範解答を返す。心臓が締め付けられるような息苦しさを感じていた。
(みんなの期待を裏切っちゃいけない。チャンピオンらしく、完璧に……)
そう自分に言い聞かせるほど、笑顔は硬くなり、言葉は上滑りする。収録が終わり、楽屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せた。
数日後、シロガネやまの麓にある、アイドルの友人の隠れ家で、リーフは愚痴をこぼしていた。
「もう、嫌になるよ。バトルは楽しいのに、なんであんなに疲れるんだろう」
マグカップを両手で温めながら、リーフはため息をついた。
「みんな、私に『チャンピオン』を求めてる。完璧なチャンピオンを。でも、私、そんなんじゃないのに」
アイドルは、リーフの言葉を静かに聞いていた。そして、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「わかるよ、その気持ち。私もね、昔はそうだった」
リーフは顔を上げた。
「いつも笑顔で、キラキラしてなきゃって。少しでも素の自分が出たら、幻滅されるんじゃないかって、怖かった」
アイドルは、遠い目をして続けた。
「でもある時、疲れちゃって、つい素の自分が出ちゃったことがあったんだ。もうダメだ、って落ち込んでたら、後からマネージャーに言われたんだ。『あの時の受け答えがすごく良かったって、ファンから評判だよ』って」
リーフは息を呑んだ。
「『本当の自分を見てくれてる人もいるんだ』って、その時初めて思えたんだ。それからかな、少しずつ楽になったのは」
アイドルの言葉は、リーフの心にじんわりと染み渡った。
「本当の自分を見てくれてる人もいる……」
その日以来、リーフは少しずつ変わっていった。
次の取材で、彼女は初めて、飾らない言葉で自分の思いを語った。緊張はしたけれど、以前のような息苦しさはない。カメラの向こうにいる「みんな」ではなく、目の前の記者や、テレビの向こうの「誰か」に語りかけるように。
その日の放送後、リーフの元には、意外な反響が届いた。
「チャンピオン、親近感が湧きました!」
「飾らない言葉に感動しました!」
リーフは、初めて心からの笑顔を見せた。
(そっか。みんな、完璧なチャンピオンじゃなくて、私を見てくれてたんだ)
夕焼け空の下、フラムと空を飛びながら、リーフは思った。
チャンピオンとしてのプレッシャーは、まだ完全になくなったわけではない。でも、もう一人じゃない。そして、何よりも、自分らしくいられる場所を見つけたのだ。